記録にも記憶にも残るような投手で
片腕の投手というのはいたのでしょうか?
野球の本場アメリカのメジャーリーグに
隻腕の選手はいたのでしょうか?
もしいたのであればどれくらいの成績を残したのでしょうか?
片腕の投手はいるの?
2019年の日本プロ野球(以下日本野球機構としてNPB)には片腕の投手は登録されていません。
また過去にも片腕の投手も選手も登録されていないようですね。
ですが野球の本場アメリカのメジャーリーグには片腕の選手登録は何名かいたようです。
アメリカのメジャーリーグに片腕の投手はいたの?成績は?
さすがはアメリカというところでしょうか。
メジャーリーグには片腕の選手は何名か登録されたことがあり、
またその中でも投手として活躍した人がいるのです。
隻腕のノーヒッター ジム・アボット
何と言っても隻腕の投手ジム・アボットの最初に凄いところが、
1988年のMLBドラフト1巡目でエンゼルスから指名されているのです!
実力が高く評価されているというのがこの時点でわかりますね。
新人の1年目から3年連続2桁勝利を挙げその3年目の成績は
18勝11敗 防御率2.89
普通に凄い成績なんですよね。
その後は少し成績を落としますが、
1993年にはインディアンズ戦でノーヒットノーランを達成しているのです。
もはや片腕のハンデなど実力で跳ね返していますよね。
最終的に現役は10年間で
通算87勝108敗という成績で現役を引退しています。
左腕で投げる時は右脇にグローブを挟んで投げて
投げ終わった後は脇に挟んでいるグローブを左出にはめるという
彼独特のアボットスイッチと言われるグラブさばきで
ピッチャーゴロも難なくさばいていたのです。
そんな記憶にも記録にも残るメジャーの投手となったジム・アボットの名言があります。
「みんなが私の事をヒーローだと言ってくれるが私は生まれながら右手がないから
障害者だとは思っていないよ。もし私がヒーローだというのならそれは違う、
右手のない私にキャッチボールをしようと庭に誘った父親こそヒーローだ」
アメリカには片腕の投手だけではなく打者もいた!?
アメリカというのは本当に凄いところですよね。
片腕の投手でさえ凄いことなのに片腕の外野手もいたのです。
彼の名前はピート・グレイ。
左投げ左打ちの外野手でした。
幼い時に右腕を切断してしまっているのにもかかわらず、
ベーブ・ルースの予告ホームランのかっこよさに心打たれて
プロ野球選手になろうと思ったそうです。
投手でも大変ですが、
野手ともなれば何度も捕球する機会が多くなりますよね。
そこで彼は左のグローブで捕球してすぐにその球をヒョイとグラブトスのように跳ね上げて
胸のあたりまで球を浮かしている間に左手のグローブを抜いて
素早く左手で球を取ってスローイングするというテクニックを身に付けるのです。
バッティングはまさに左手1本で打つことになります。
強い打球が打てるように手首が返った時に
球をとらえるように相当努力したのではないでしょうか。
数々の努力をしたピート・グレイにチャンスが訪れます。
アスレチックスの入団テストに受かりませんでしたが
マイナーリーグでプレイしそこで結果を残します。
打率333 盗塁68
を記録し「片腕の奇跡」と注目され
1945年は戦争も激しくなっていたこともあり
メジャーリーガーも兵役に出ることが多くなっていたのです。
片腕のピート・グレイは兵役を免れていたので
憧れていたベーブ・ルースが活躍したヤンキースタジアムで試合に出ることが出来たのです。
ですがメジャーリーグで活躍したのはこの1年だけだったそうです。
とわいえ1年でもメジャーリーグでやるというのは
実力が認められていたということではないでしょうか。
まとめ
片腕の野球選手はNPBにはいませんでしたが、
メジャーリーグでは投手も打者もいて
活躍していたというのは驚きですね。
実力があれば認めてチャンスを貰えるというメジャーリーグ。
海を越えて日本の若武者大谷翔平選手が二刀流で頑張っていますが、
是非とも結果を残して歴史に残る選手になって欲しいものですね。