心で射る弓「一射絶命」の意味は?誰の言葉でしょうか?

弓道をやっていない人にはあまり馴染みのない言葉

「一射絶命」

何だか凄い漢字ですが、

弓袋にも書いてあることが多いという

この「一射絶命」には一体どんな意味があるのでしょうか?

また誰の言葉なのでしょうか?

 

 

 一射絶命とは?

 

次はないと思って相手を一撃で仕留める、この一矢に集中する。

という意味で使われることが一般的です。

 

見るたびに思い出すためにも

弓袋に書いてあることが多いですね。

 

一射絶命は誰の言葉?

 

弓聖と言われた阿波研造の言葉だと言われています。

 

阿波研造とは?

 

阿波研造(1880-1939)

宮城県出身の大日本武徳会弓道範士で

大日本射道教(大射道教)を開き自らその教主となった人物。

 

弓聖と称えられている人物。

 

阿波研造の逸話

 

ドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲルは日本文化の研究のため弓術を研究することにし、

阿波に弟子入りした。

しかし、狙わずに中てる事などという阿波の教えは合理的な西洋人哲学者に

納得できるものではなく、

ヘリゲルは本当にそんなことができるのかと師に疑問をぶつけた。

 

阿波は、納得できないならば夜9時に私の自宅に来なさいとヘリゲルを招いた。

真っ暗な自宅道場で一本の蚊取線香に火を灯し三寸的の前に立てる。

闇の中に線香の灯がゆらめくのみで、的は見えない。

 

そのような状態で阿波は矢を二本放つ。

一本目は的の真ん中に命中。

二本目は一本目の矢筈に中たり、その矢を引き裂いていた。

 

暗闇でも炸裂音で的に当たったことがわかったとオイゲンは

『弓と禅』において語っている。

二本目の状態は垜(あづち)側の明かりをつけて判明した。

 

この時、阿波は、「先に当たった甲矢は大した事がない。数十年馴染んでいる垜(あづ

ち)だから的がどこにあるか知っていたと思うでしょう、しかし、甲矢に当たった乙

矢・・・これをどう考えられますか」とオイゲンに語った(オイゲン・ヘリゲル著『弓と

禅』より)。

 

凄いエピソードですよねこれぞまさに達人。

何となく威厳のある佇まいが目に浮かんでくるほどです。

 

 

一射絶命と同じ様な言葉はある?

 

一射入魂(いっしゃにゅうこん)

 

この一矢に魂を込めて射るということですね。

 

野球でよく聞く一球入魂(いっきゅうにゅうこん)の弓道バーションというところでしょうか。

 

正射必中(せいしゃひっちゅう)

 

正しい弓の射方をすれば矢は必ず的に当たるという考え方です。

 

間違った練習をいくらやっても矢は的に当たってくれないというのは、

弓道だけの事ではなく全ての事に通じる言葉だと思います。

 

千射万箭(せんしゃばんせん)

 

「千射万箭」(せんしゃばんせん)という言葉があり、

弓を千本射ってもどれ一つ同じものはない一つ一つ丁寧に集中して射ることが大事

という意味で使われますが

これだと一射絶命と変わらないのではと思い考えてみました。

 

一射絶命の真の意味とは?

 

弓聖と呼ばれた阿波研造は「心で射る弓」という禅の精神と弓道を

融合させるような考え方であったと言われています。

技術に頼るだけではなく精神(心)が大事だという考え方でしょうか。

 

私見ではありますが

心と身体を一つにすると狙う敵(相手)の命をも断つことが出来る一矢を射ることが出来る

という意味ではなかったのかなと感じました。

 

 

 

まとめ

 

 

剣の達人や合気道の達人などは少し興味があって

見たり調べたりしたことがありましたが弓の達人の事や名言などは

ほとんど知りませんでした。

 

 

ですが弓聖阿波研造の「一射絶命」という言葉は凄く印象に残りました。

圧倒的技術を極めていただろう達人と言われる人の多くは

精神的格調を響かせてくれる言葉を感じさせてくれると改めて思いました。

 

弓袋の内側に「一射絶命」と書いてあるのは納得ですね

 

 

 

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